大理石骨病
ヒトの骨組織では骨細胞が石灰化骨を生じさせますが、それが古くなって質が悪くなるのを防ぐために破骨細胞が常にこの石灰化骨を吸収し、常に新しい骨に生まれ変わるサイクル(骨リモデリング)を維持しています。破骨細胞の機能にかかわるタンパク質の遺伝的な異常によりこの骨吸収が障害され、骨密度は非常に高くなるものの骨の質が悪くなるために長管骨などに骨折を起こしやすくなり、また必要以上に厚くなってしまった骨のために造血器障害や神経障害を生じる疾患を大理石骨病と言います。
大理石骨病は疾患の原因となる遺伝子変異を両親から受け継いだ遺伝子の両方にもつ重症型(常染色体劣性大理石骨病)のものと、片側にのみもつ軽症型のもの(常染色体優性大理石骨病、別名Albers-Shönberg病)に分けられます。
常染色体劣性大理石骨病の頻度は10万出生に1名程度です。厚くなった骨が骨髄腔を占拠してしまうため就学前後の年齢で血球減少による重篤な感染症などによって亡くなられるケースが多いと言われています。破骨細胞は血球系の細胞であるため骨髄移植を行うことで症状が改善することもありますが、残念ながら骨髄移植の成績はそれほど良いものではありません。大理石骨病の原因遺伝子はこれまでに10数種類確認されており、破骨細胞に発現し石灰化した骨を分解するために骨吸収面に発現して水素イオンや塩素イオンを放出する分子や、骨の基質に含まれるタンパクを分解するために分泌されるカテプシンKや、破骨細胞の分化、増殖に必要な骨細胞から伝達されるRANKLという分子の受け手であるRANKなどが含まれます(図1)。一方、非常に稀ですが骨細胞に発現するRANKLの遺伝子変異でも大理石骨病を発症します。骨細胞は間質細胞由来の細胞であるため、この場合は骨髄移植による改善が見込めません。ですので、骨髄移植を治療として検討する場合は事前に遺伝子検査を実施する必要があります。
大理石骨病以外の骨密度が上昇する疾患としては、スクレロスチンという骨細胞が産生し骨芽細胞の骨形成を阻害する分子の異常によっておこり、骨が厚くなることで神経が圧迫され神経障害をおこす硬結性硬化症や、LRP5、LRP6という骨芽細胞の表面に発現し骨形成のシグナルを伝達している分子の活性型変異による生じる高骨塩量症候群が知られています。これらの骨形成が促進される疾患では骨リモデリングはある程度起こっているため易骨折性は生じませんが、必要以上に高くなった骨密度によりプールや海で沈んでしまい、泳ぐことが出来なかったり、硬結性硬化症では前述のように神経障害も起こしたりします。
我々は大理石骨病の原因遺伝子に加え、このような骨形成促進型で高骨密度を惹起する疾患の原因遺伝子を含めた遺伝子診断パネルを準備しております(表1)。
重篤な常染色体劣性大理石骨病と比較し、より症状の軽い常染色体優性大理石骨病(別名Albers-Shönberg病)の頻度は2万出生に1名と言われていますが、症状が非常に軽微である症例も多いため未診断例が非常に多く、実際の頻度はより高い可能性があります。主には塩素イオンのチャンネル分子であるCLCN7遺伝子の片側の変異によって生じます。常染色体優性大理石骨病では全く無症状である症例から、繰り返す長管骨骨幹部の骨折や、顎骨の骨髄炎をおこす症例、また厚くなった骨により神経圧迫症状を生じ手足の感覚障害や運動障害を生じる症例まで多岐に渡ります。長管骨の骨折や顎骨の骨髄炎(顎骨壊死)はビスホスホネートやデノスマブといった骨粗鬆症の治療のために使用される骨吸収抑制薬を長期に使用した際に生じる副作用と同じ、長期にわたる骨吸収抑制による骨質の低下という機序で発症します。症例によっては顎骨壊死や繰り返す長管骨の骨折、神経障害といった非常に厄介な症状を呈します。また長管骨が骨折した際に、骨リモデリングが抑制されているために手術をおこなっても骨癒合が起こりにくいなどといった問題も生じます。しかし、残念ながら常染色体劣性大理石骨病と同様に常染色体優性大理石骨病に対しても根本的で効果の高い治療法はありません。
我々の研究室では、骨密度検査で偶然見つかった高骨密度症例や、明らかに泳ぐことが苦手な方、顎骨壊死や長管骨の骨折、骨折の遷延治癒を生じる症例などから、このような大理石骨病、硬結性硬化症、高骨塩量症候群を、遺伝子診断パネルを積極的に利用して診断し、多くの症例を診療することでこれまで明らかとされていなかった臨床的問題や、根本的な治療法がないなかでの日常生活での注意点などについて検討をしていく予定です。またいずれは本疾患に対する根本的な治療法の開発に繋げていきたいと考えています。
以下に当院で診療した常染色体優性大理石骨病の症例を提示します。
当院来院時65歳の男性で、小学生の時に左距骨を骨折、中学生の時に右上腕骨を骨折、22歳で肋骨を骨折しています。50歳時には両側の上下顎骨に慢性骨髄炎をおこし、60歳ごろより手指が動かしにくくなり、足底の感覚鈍麻も出現するようになりました。
右下顎骨は顎骨壊死により欠損しています(図2)。
同年代の正常の方と比較し、単純レントゲンでも頭蓋骨が厚い事や、全身の骨の濃度が高いことが一見して判別できます(図3,図4)。
骨密度は腰椎319%(若年成人平均比較:YAM)、大腿骨頸部318%(若年成人平均比較:YAM)でした。